< 本場結城紬 古書現代6中間資料集

中間染織資料

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中間資料集6

中間資料集

項目 題目 日付 文章

染織と生活を入札し

甘い夢

 

2019.1.

ヤフオクに入札を入れた。22冊セットである。あと3時間で落札が決まる。競合の場合、辞退する方向だ。特に染織と生活8号日本の紬は結城図書館で持ち出し禁止の書籍であり手に入れたい。だが、ここ最近、ウオーキングを夜行なっているが、自分に対するジャッジが甘くなっている。30後半の歳になると、いまさらモデルになるわけでもなれるわけでもないので砂糖水を買ってしまう。さらに肉を冬場は食う。年とともに体質なものと、ムチ入れて追い込む必要があるのか、と自問してしまう。NikonDfを買ってから、金銭感覚が甘くなった。体にお肉が歳をとるとお肉が体についちゃうわけであるがトクホのお茶でケアしようというより(若い時はケアしていた)、紬においては物品完成もしくは作業で工賃をとるわけである。先細りなのでなおさらである。いつ北村織物の家族制の経営が歯車から転げ落ちるかわからない。閉鎖的な不景気のせいだけではない。染織資料収集は結城図書館の冊数をこえてからなんとも言えない悲壮感と充実感を味わった。とにかく楽しんで生きる、という時、若い頃はできたけど今はできなくなっていることが多くなっているわけで、歳のせいにするのもかわいそうだが実際歳を重ねると今日は甘いものを食べて癒されようか、とか着物を着て癒されようとかと何かと自分中心的な思考回路になりがちである。工賃がもっと取れれば、、、、西陣織の職人さんも同じ心境だと思うが結城は多忙な時期は、いつ姿を表すのかわからない。わかったら努力しない。中間資料集がSNSで5人あたりの情報に敏感な方がチェックしてくれているが、数年前は2人いなかった。ありふれた視点で書いているのであって特別な記録ではないのだが読んでくれている方がいるので続けている。(本当に楽しいものなのだろうかと書いている私が思う。)NikonDfは私の今までの努力の象徴で売ることはない。まだ読みきれていない本が結構ある。サプリメント的に摂取するSNSで商売とそれほど密接ではないことがうけるということは、いかに私的なことの方がより職人と買い手の距離感を縮めている役割なのかと思ってしまう。私はいつ交通事故などでさよならしてもいいように今を生きている。(後日、小山市立中央図書館へ後世の文化向上の目的で寄贈した。)北村陵

伝承事業について 2019.2.

伝承事業が行われていて、私の雑感としては文化庁、県、市など公的機関と民間ともに後継者育成として行なっているが、なんとなくではなくやはり本来はこうしたいなど多くの考えが公的機関や伝承者自身が思ってはいるものの、やはり紬は伝承事業それ自体はすごく充実していても、伝承事業が終わった後どうするかとか、普通に生産者としてこれからは従事してくださいとなったら、立場上やはり紬はわかりませんというようになってしまうのではないかと思う。数年という期間で身につくしろものではない。設備投資が完了している織元でさえ現実問題、紬は現在は儲かりませんと皆が似たり寄ったりのことをいっている。私も織元の人間だから環境がすでに整っている方ではある。伝承事業で必死になって身につけたことはなるべくならばその技術を今後に活かしていきたいと思うものである。ただ相当な努力を私もしている気ではいるがギリギリのところで食い止まっているのであって特に美化しているつもりもない、というより美化しようがない。職業としての紬業はあまりおすすめできない、でも郷土的価値、知的財産としてみた場合、どこかで、やはりいまの紬は残って欲しいと祈りもこもって伝承者は伝承をしているものだと思う。私もかなり文章化してきたが本当に短文を書くことでも日に日に長文をまとめるのも難しいと感じたりしている。

あきないの本質 2019.2.

ここ数年に及ぶ政治的な混乱や高度経済成長の余波として残った現在の日本とは何なのか、何だったのか、というようなことを考えはじめた。結城紬のあきないの本質として、太く短くというよりほそぼそと長く続け儲けようとは考えず続けていくことが大切という従事者スタイルと、もともと持っている売れなくて当然くらいの結城の気質がいまもなお続いていてそのスタイルは今後も変化しないだろう。ここ数年の経済的混乱とSNSによる仕事ばかり考えてノイローゼになってその人はそのことに気がついてないというような場面があった。趣味や生きがいを見つけるべきだろう。私の資料を読破しているというのはどう考えても病的である。およそ活字におこしてきて順風満帆とは行かずとも四年以上を擁しているわけで、その情報を数ヶ月で読み解こうというのが無理がある、紬というのは単なる見かけ重視のアパレルではない。私は資料づくりしていく中で相当な情報の中でひろいあげる作業をコツコツ地道にしてきていて、やっとのおもいで掴んだ読者とまたそのほかに読者がいたことにびっくりしていた。まず長期的不景気においてお客さんがお前の長文など目を通すことすらないだろう、と親父に言われていておおかた想像は付いていて気力は萎えていた部分はある。弱気になるというより読者がいないのに研究を続ける虚しさと対峙するので負荷が相当かかる。莫大な過去の情報から資料を組み立ててきたわけもしくは組み当てるのである。大きくは二つ、資料づくりには種類がある。<実体験に基づく資料>と<時事的雑感>である。まず何を隠そう妹の出産によって家族構成は変化してそれに対応するために北村織物そのものがさらなる変化を求められていたし、急速な求心力が集まり出した2018年はかなり危険な予感しかなかった。今なら振り返ることができるが、常に最悪の状態が普通であるというこちらのスタンスといきなり持ってして最強の職人集団たちである、というような書き込みに不信感があった。私どもはみずからが自宅で作業している日常から違う場所で行う実演というやったことがない、チャレンジしたことがないことを行うという局面であった。最上級のパフォーマンスをするにはまだキャリアが足らないし、オヤジは実演を嫌うのでやらない、しかし結城紬を知ってもらうという産地が行なっている継続的活動の延長として本当に私が適任者であるという保証もない。そういう局面では冒険しないのが定石である。さらに焦る対応としてホームページにはこう書いてあったというような場面である。北村織物は基本的に私のホームページと親父のホームページをみて確かに真面目に紬をやっているから、来ましたというお客さんの方しかいない。それをアウェーでは私の研究の検証に用いている。何かの歯車がすでに東京は狂っていて戻れなくなっていると思った。詳しくは書かないが、儲けようとして必死で結城紬の商いとは全くの見当違いと別方向へ駒をすすめていてそれは経験からすると売れませんとしか言いようがない。結城紬は強烈な富裕層からの冷酷な視線から顧客をとるのであってそういう眼中にないところでは本筋に該当せずものを動かす以前の問題になっている場合が多い。どかっとものが動くという時にいかにいい在庫をためておいてそういうお客さんが来た時に、どう考えても売れるわけがないと思っていたものがどかっと売れるという結城紬の商いの本質がどのくらいの人に伝わるかというと従事者か生産者しかいない。だが生産者は在庫をためる能力がない。それは宣伝を真面目にしていないかったというより無料ブログや無料サイトで宣伝しているという時点において富裕層から信用してもらえない媒体を使っている、というところに大きな差異がある。そもそもは時間をなんとかして無理売ってでも勝負しているというより紬生産をおろそかにしない程度にすすめるのが正しい道だと思う。京ごふく二十八の原巨樹さんに会った時、同じ話になったが思い通りに生きている人はこの世にいない。そして京友禅や本場結城紬を購入する顧客というのはインターネットの殺伐さとなぜか例外的に無縁であるがなぜかはわからない。