1. 原始布架空論(1)原始的織機について 作成 北村陵

    備考

    昔の人が、同じ大きさの田んぼや畑をみました。

    昔の人が二枚の無地布をみました。

    どうにか、二色異なるものを一枚の布にできないか

    考えました。格子柄とよばれるものの始まりだったのです。

    このときはじめて格子柄の布が世の中に誕生します。

    原始布架空論とでもよびましょう。

    森林などで、火を焚く燃料を切っていたときでした。

    同じ長さくらいにそろえて、二本の小枝をみました。

    それを二組つくりました。何かをつくろとしとしたのでした。

     

    二組の長さの揃った小枝でタテヨコと組み、ワクぐみをつくりました。

    ヨコに揃えた、小枝に、定期的に穴をあけてそこに木片などのクイを

    さしたてました。

    糸を蛇行させて、めぐらせます。これが経糸づくりの誕生でした。

    まだ、現在のような、経糸に上糸や下糸といった概念もありません。

    筬もまだ誕生しません。

    ワクに張り巡らせた、タテ糸に、糸をすくいながら編みました。

    どうにか、よこ糸の密度をあげたい、とおもったのは、ただ編んだものが

    糸の隙間があきすぎていたためでした。ここで筬の原型が誕生しました。

    また、よこ糸をとおしていく作業がかなり面倒臭いと原始人は思いました。

    ここでタテ糸を張り巡らせた状態でタテ糸をつるすことを思いつきます。

    これが結城紬の糸綜絖(いとそうこう)の原型です。一度にタテ糸を

    上下させる装置をつくります(綜絖の概念の誕生)。

    備考::編んで布をつくるときも上糸下糸はできていますがより

    はっきり上糸下糸が誕生したのもこのきでしょう。::

    さらにはよこ糸をそこにサッととおせる

    ことができる<杼>(ひ)の道具の原型の誕生もこのときでした。

    このような架空論をたててみると、結城紬の織り機の<地機 じばた>

    という道具は、このような装置ではないのは、このような状態ですと、

    タテヨコともにそれほど長くて巾のある織物が織ることができません。

    そこで長い布を織ることができるようにしたらどうしたらよいか、

    を考案したときに、タテ糸をながくして、巻きつけておく、といった

    現在の<おまき>というタテ糸をクルクル巻きつけておく装置を考案

    したのです。<布持ち棒>という道具は手元に織った布がためられて

    ゆきますが、もともとのこうした始まりの原始布をより理想的な

    状態に近づけてゆき、現在にも残る日本最古の織り機<地機>や

    道具が誕生したのでした。 

     

    原始布架空論(1)作成 北村陵