アイヌ衣服の変遷 (現代編集 北村 陵)

今日では「アッテゥーシ」というと、アイヌ人唯一の着物で、アイヌ人衣服の代名詞的な意味に取られ、太古の時代からアイヌ人はアットゥーシを着用していたかのように思われがちである。だがアイヌ文化の中に原始的な織機が登場し、アットゥーシが織られるようになったのは六〜七世紀の頃からであろうと考えられている。それ以前のアイヌ人は、熊や鹿、狐などの陸獣や、とど、あざわし、おっとせい、らっこなど海獣の毛皮で作った「ウル」とよぶ獣皮衣や、あほうどり、かも、うみうなどの羽皮でつくられた鳥皮衣「ラップ・ウル」、さけ、いとう、など魚の皮で作られた魚皮衣「チェプ・ウル」などが日常衣として一般的に用いられていた。しかし、植物繊維を材料としたものは、アットゥーシが登場するまで、一切使用されていなかったかというと、それは考えられないのである。人類の発生と同時に、火が利用されはじめたことは周知のとおりであるが、人類は火の利用とともに、紐、縄の利用をも会得したのである。この縄の発明は、人類文化を高める上で大きな力なって生活面を豊かにし、物の結束、運搬から衣服の結絡、住居の構築、生産用具の作成など、生活全般に利用され、やがて繊維を編んで袋物技術をも進歩させる結果となった。アイヌ文化の中でも、織物の技術が古くから普及伝達していたことは、今日まで伝承されている「サラニップ」「テンキ」などの編袋や、背負縄「タラ」蓆(むしろ)「キナ」などにみられるところで、アットゥーシ織機が導入されるまでは、繊維を編んで衣服としていたことは十分に考えられるのである。アイヌ人の編物の材料となる繊維にはオヒョウ「アットゥーシ」、シナの木「ニペシニ」はるにれ「チキサニ」など、樹皮の内皮や、山葡萄のつるの皮、ツルウメモドキ「ニハイ」の繊維、イラクサ「モセ」の茎の繊維などが用いられた。

このなかでも、オヒョウの繊維は最も強靱で柔らかく、衣服の材料としては最適であった。その結果、織機がアイヌ文化に導入されると、北海道全域に自生するオヒョウが最も多く用いられるようになり、アトゥーシがアイヌ衣服の主体を占めるようになったのである。