栃木県足利市 織姫神社へ

2016.1.24.

織姫神社へ このようにちょっとした山の上にあるらしく車でいくことができないので、駐車場で車をおりて、石段を登ることになる。

赤い歩道橋が目に美しい

この織姫神社付近はお寺や神社などが密集して存在しており、お寺めぐりには最適な環境である。その点、結城市の観光と似ている。お寺や歴史に深い関わりのある町の現在といえる。

それでもやはり、少し前の自営業規模の商店街は結城も足利もシャッター街になってしまっている箇所が多く、少しさみしい気もする

山のうえは 公家(くげ)が住んでいそうなおもむきがあった。

栃木県の神社の特徴とでもいえばいいのか

国学院栃木高等学校のある大平山の山のうえにもこうした感じで神をたてまつる

ことが多い気がする。山は季節によって生命力があふれて、上のほうとなればより

天に近くパワースポット感は確かに増す気がする

渡良瀬川を望むことができる場所であった  

足利織姫神社 公式ホームページより引用 

<足利織姫神社のご由緒>

1200年余の機場としての歴史をもつ足利。この足利に機織の神社がないことに気づき、宝永2年(1705年)足利藩主であった戸田忠利が、伊勢神宮の直轄であり天照大神(あまてらすおおみかみ)の絹の衣を織っていたという神服織機神社(かんはとりはたどのじんじゃ)の織師、天御鉾命(あめのみほこのみこと)と織女、天八千々姫命(あめのやちちひめのみこと)の二柱を現在の足利市通4丁目にある八雲神社へ合祀。その後、明治12年(1879年)機神山(はたがみやま)(現在の織姫山)の中腹に織姫神社を遷宮した。翌年の明治13年、火災に遭い仮宮のままとなっていたが、昭和8年皇太子殿下御降誕(現在の天皇陛下)を期し、当時の足利織物組合理事長の殿岡利助氏の先導により市民ぐるみで新社殿の建造にかかり、昭和12年5月に現在の織姫山に完成、遷宮した。平成16年6月、社殿、神楽殿、社務所、手水舎が国の登録有形文化財となる。

<足利織姫神社が縁結びの神社と云われる由縁>

ご祭神は、機織(はたおり)をつかさどる『天御鉾命』と織女である『天八千々姫命』の二柱の神様です。この二柱の神様は共同して織物(生地)を織って、天照大御神に献上したといわれています。織物は、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が織りあって織物(生地)となることから、男女二人の神様をご祭神とする縁結びの神社といわれるようになりました。
また、織物をつくる織機(しょっき)や機械は、鉄でできているものも多いことから全産業の神様といわれ7つのご縁を結ぶ産業振興と縁結びの神社といわれております。

↑石段は途中途中にあと何段のぼるとたどりつくのか親切に

書いてあるが実際にのぼりはじめると、計算するより登った方がはやい気がしてくる。

足利織姫神社のパンフレットより

関東平野が一望できます とありパンフレットの写真は撮影がおさらく夏で緑があふれかえっている。産業振興と縁結びの神様の神社としてのシンボルがある。田崎草雲画「織姫神」のえがパンフレットにあり大変こうごうしい。