4月てふてふ

牡丹 チューリップ 水仙

牡丹については植物学デザイン過去にとりあげました。

植物学デザイン1について

4月てふてふ1について

でもってして、植物学からデザインを取り込み、それを絣で表現するとなると難題になってしまうのが、花は季節を表現し、先取りするという点が結城紬において、欠点にもなりえます。というのは結城紬は、高額商品、高級品というのはぬぐいきれない真実であり、とくに紬が好きな人はできれば一年中つむぎを着たい、という点で、季節が限定されてしまう植物というのは敬遠されがちです。できれば夏を省いたすべての季節でつむぎを着たいと思うのは、つむぎ愛好家の心情ではないでしょうか。ですから結城紬の春のモチーフは秋に着ることがひっかかったり、秋のモチーフは春にひっかかるので、次第に植物モチーフは過去に衰退した背景があります。植物モチーフの結城紬は糸菊を中心とした全盛期があったほどです。でもそれがいい悪いなど気にしなくてもいいとは思いますが、昔のモチーフは植物のデザインに結城紬は依存していた背景がある。ですから、植物モチーフの結城紬はそれなりにすでに時間が経過したアンティーク価値もそこからみいだしたりする楽しみものこされていると私は思います。ですから、一見、この分野を勉強することは無意味に思えても深くつむぎを理解するために勉強する意味があると私は思うのです。

 

牡丹 牡丹
チューリップ それから、私が草木染めの再生に力を入れていることで、気をつけていることがあります。それは、草木染めこそ染めであるといった染色家が生命力にあふれているからなどの意見がありますが、私の場合、気をつけているのが、その草木染めの結城紬をみて、元気が出るかどうか、気持ちがよくなるかどうか、というシンプルな点をきをつけています。逆説的には、それは化学でいいのだ、という終わり方であれば、なにも草木染めという化学の3倍も値段と技法が高い技術の染色にこだわる意味も必要もなくなると思うのです。そうした化学染料ありきの満身創痍の結城紬の染色であるからこそ、再び草木染めを再生させたい。私は人一倍その微妙な違いを感じとる日本人女性がいて、ハッと感性できがつく人がいると思からこそ、その部分にきを使っているのです。それも化学染料がよくないとか、そういった低次元の染色についての話ではないのです。
水仙とてふてふ

4月の花1について

4月の花2さくらについて