思いをはせる染織6について
思いをはせる染織7について

日本のおりものの歴史 織物のおこり(1)について

 

「日本の織物の歴史」について 織物のおこりについてはいろいろと従来より論及されてはいるが、現在では新石器時代頃であろうと推論されている。人々が地球上で人間らしい文化的な生活を営み始めたのは、時間的に今からどれほど遡った頃であろうか。その人間らしい文化的な生活の営みと同時期に恐らく織物を用いた衣服を必要としたことであったと思われる。いうまでもなく、衣服は人々の生活上主に、保健、護身上当然考え出されたものでなければならない運命を背負っていたに違いないのである。原始の頃に生活をつづけた人々が自己の身体をまとった衣(布)はどのようなものを素材としたのであったか、またその布はいかにして織られたものであったかについては容易に明らかにすることができない課題であろう。世界で最も古い織物の例は、エジプト、ファイユム遺跡出土の亜麻布であるとされている。これは紀元前4440年頃と推測され、ナイル河流の西側の地区である。従ってこの地方にはすでに亜麻が栽培され、これを素材として生まれた布であった であろう。また、西アジア地方ではほぼ同じ頃に織物が出現していたことは出土した土製紡錘車などによってその生産を察知することが可能である。一説には、エジプトの場合はその織物生産技法が西アジア地方から伝播であったとも言われている。日本の織物を考察するには当然ながら近接した大陸、中国、との関連性を一応考察すべきである。中国大陸においては紀元前3000年頃から彩陶文化が栄え、河南省洛陽の西方、黄河流域の仰韶出土の土器面にみられた織物痕がある。これは苧麻布(ちょま)であるという。更に石製、土製の紡錘車が多数出土していることから、明らかに麻布の生産を可能視することができる。また、紀元前1700年頃には青銅文化期がはじまり、その頃の多くの遺跡から織物と関係の深い紡錘車、または日常に用いられた銅戈(どうか)の遺物に固着している布片の出土がある。他方、絹織物の生産においては、新石器時代頃に汾河下流の夏県西陰地区の彩陶遺跡から繭の出土がある。これは明らかに家蚕ではなく桑蚕とよばれた野 生種、すなわち野蚕の一種であると推定され、また同地区から紡錘車の出土と相まって、絹糸を作り、これを製織していた可能性もあると推測される。なお、青銅器文化期の唯一の古文字、甲骨文によると養蚕、製織の技法のすでに行われていたことが考えられ、当時の杯(シ)、鉞(斧の一種)に固着した布片によると、それは家蚕と野蚕から採った糸であったことが明らかである。しかも、その技法も大変に進歩した技法であって、その布片の組織を検するに、一平方センチに用いた糸数は、経糸12〜35本、緯糸17本を算出することができる。なお、平織以外にも高度な綾織も行われていたことが伺える。そしてその技法としては、明らかに綜絖の出現した可能性を考えられるのである。絹布と麻布を製織した中国の織物生産は古代社会においては、中国独特の生産物であって、近接した諸国にも当然その影響を与えなかったとは考えられない。例えば、古代漢の植民地とされた朝鮮楽浪遺跡からも絹布の出土がある。これは、まさに絹布の東方への伝 播を物語る一、証拠であろう。日本の場合を考えると、縄文土器期はまさに新石器時代に相当し、この頃には織物の生産の可能性を推測することもできる。すなわち、九州縄文晩期紀元前1000年以後の頃に織物の存在したことが推測された。これは多くの組織痕のある土器片に布目のあるものが発見されたからである。これは布の実物ではないが、織物痕の実測にすると一平方センチに緯糸7〜6本、経糸12〜10本、また緯、経糸とも同数の例もあって、明らかに織物である。そして、これらの出土例はさきに述べた中国古代の織物に比較して、その緯、経糸の密度が極めて粗いという点が注目されるべきであろう。このことは要するに生産技法の未熟さと関係づけられるものであろう。もっとも、その組織は平織であって、素材となった繊維は遺憾ながら明白ではない。従来は、弥生土器期の織物は稲作と関係してその生産技法が中国から導入されたものと考えられていた。しかし、縄文土器期に属した土器にみられた組織痕の研究によって、これは網目、籠目であ ることはすでに注目されていたことである。近年編物から織物の技法の発展過程を重視されるに及んで、織物への移行の可能性も十分推定されるのである。編物から織物への技法の移行に関しては多くの研究があり、それによって編物と織物との差異という点が考えられなければならない。すなわち、織物は、経、緯の糸がそれぞれ区別されているが、これは経糸の間に緯糸をごく密に入れることも可能な編物から発展したものであろうと考えられる。基本的な両者の特質は、編物は、緯糸と経糸が相互に絡み合っているのに対し、織物の場合は経糸に緯糸がはさまれておさえられている。これがために経糸を揃え両端で固定して開口装置の綜絖が当然ながら必要である。これによって経糸を挿入し安定させることが不可欠な条件である。(織物のおこり1について2に続く)