安曇野天蚕センター
ユニークな美をもつ天蚕紬・本吉春三郎
信州紬は、上田紬、飯田紬、伊那紬を総称します。ほかに松本紬や小諸紬もありますが、これも信州紬の一つです。共通するところは縞物で絣がないことです。こまかく細部を区別することも、あまり意義はありません。しかし、もう一つ、例外的なものとして天蚕紬があります。天蚕は山繭とも呼ばれます。鱗翅目ヤママユガ科の昆虫です。櫟や楢などの葉を食べ、繭は楕円形で黄緑色を呈します。もと広島県も産地として知られていましたが、今は長野県の特産となっています。量は少なく、長野県の繊維試験場などで増産の計画があるようです。繊維は太く、光沢があって弾力があります。染色が困難なので、家蚕と混織すると自然に染めわけができることとなります。また、家蚕とちがって野外で飼育するため、虫や鳥などの被害も多く、天候によっても支配されるので問題は多いようです。水上勉氏の「有明物語」は、山繭紬を織りつづける、みんという女の薄幸な生活を描いたものです。有明村は穂高の山麓にある村です。「穂高という駅で降りてから、みんの村までは、まだ五里も歩かねばならなかった。………およそ町などといえたものではなく、山また山をわけ入った奥の奥である。と北アルプス穂高の山麓の有明村の有様を描き「キョウソというのは、櫟の葉に巣喰うアブに似た蝿の一種であるが、この虫を天蚕や柞蚕はたべてしまうのだ。すると、かいこの腹の中でもキョウソの卵が回虫となり、かいこの軀(からだ)はキョウソのウジの棲息所とかわり、やがてかいこは死んでしまう。死んだかいこの腹から、蛾となってとび出すキョウソは、一本の櫟に何千匹となくむらがるのである」と記されています。天蚕を飼うことは博打をうつようなあぶない仕事のようでした。水上氏には「西陣の女」という有明村から西陣に女中にでた少女の一生をかいた作品があります。広島の天蚕について、民芸の柳宗悦の文がありますから借用させてもらいます。「この国が持つ特色ある手仕事としては、何よりも(山繭織)を挙げねばなりません。可部地方のもので黄と褐との色合ひを持つ織物であります。一時は着尺にも夜具地にも用途が廣く合當に榮えた仕事でありましたが、いつしか流行におくれ、今は絶え絶えになりました」とあります。ちなみに柳の文に、この国とあるのは広島県を中国地方としてあつかったこと、なお戦時中に書かれた文であることを付記します。着物は、歴史の中にも、また詩歌文学にもかかわりがあって興味が湧きます。「有明物語」も一読すれば、なおさら天蚕紬への理解を深めることになりましょう。