ふるさとの味をもつ民芸紬

・中江克己・

伝統の古法で織る結城紬

民芸紬、あるいは民芸的な手織紬といえば、全国にどれだけあるかわからない。しかし、なかには民芸紬とは名だけで実際は機械製の紛い物もあるから、それほど多くはないだろう。そのなかで、私が今ふと思い浮かべるのは、静岡県の浜松で織られている「ざざんざ織」と茨城県の「結城紬」である。もともと紬は自家用として織られ始めた。農家の主婦が子のため、夫のためにと愛情をそそいで織ったし、その母の紬を織る心は娘へと伝えられたのである。材料の繭は玉繭や出殻繭など、絹として売物にならない屑繭である。玉繭は二匹の蛹が入っている繭だし、長い糸を引くことができない。また、卵(蚕種)をとるために蛾を育てることもあるが、この蛾が食い破って出たのが出殻繭だ。こうした屑繭から糸をとるには、まず真綿に引きのばして、指先で糸を紡がなければならない。しかし、そのように手紡ぎした糸は節も多く、むかしは売物にはならなかったのである。だから自家用の織物をつくろうと、丹念に手で紡ぎ、心を込めて染め、織り上げた。それゆえに手作りの素朴な暖か味があった。現在、紬と称する織物は全国各地に200種あるといわれているが、一般に生糸を使うために薄く、平らたくなっているなど、紬本来のざっくりとした味わいが薄れてしまったのは、何とも寂しい。もっとも時代の流れが織物そのものが染物志向で作られ、ドレッシーなものになっているというのが最近の傾向だ。それだけに、むかしの味わいを求めるのがむずかしくなっている。ところが結城紬の技法は、むかしながらのものである。まず、繭を煮て真綿に引きのばし、それから糸を紡ぐ。このような手紬糸を使うのは、今ではそれほど多くはない。糸を紡ぐのは女性の仕事だが、絣くくりは男の仕事になっている。くくりがゆるいと、染料がくくった部分にまで浸みてしまうからで、男の強い力に頼らなければならない。さらに藍などで染めたあと、居座機で織っていく。機織りは女の仕事である。すべて手仕事であり、たとえば1反の糸を紡ぐのに早い人で40日もかかるというように、なかなか苦労の多い仕事なのだ。紬の美しさは控え目に抑えた美しさで、これでもかと外へ向けて表した美しさではない。結城紬は、そうした紬の代表的なものの一つだが、しかし、技巧的になり、高級化して、むかしの素朴な味わいとは違ったものになっている、と嘆く人も少なくない。たとえば結城紬の特色の一つは亀甲絣だが、これが実に精巧で、時代とともにますます精緻さをきわめてきた。明治20年代には織幅に亀甲柄が30個入ったものだったが、30年代50個にふえ、さらに昭和30年代には80個から100個、そして34年には160個、42年には200個という精密な柄が現れたのである。見るとわかるが、たしかに驚くほど精緻だ。しかも、柄が多くなるほど細かくなり、手間もかかる。1反分の絣糸をつくるために、どれほど糸をつくらなければならないか、考えただけで気が遠くなるようなことである。他産地にはない特色を持とうとしたのだろうが、その精緻になった分だけ素朴な味わいを失ったようだ。そして、それだけ高価となり、庶民の手から遠くなってしまった。現在の結城紬のよさ、美しさは紬本来が持っていたものと、かけ離れているとはいうものの、機械化された華美で浅薄なものとは異なり、手作りの暖か味は残っている。むろん品質はすぐれている。とはいえ、庶民の不断着(普段着)として出発した紬が、庶民の手の届かないものになってしまったことに不満は残る。紬も時代の流れに身をまかせ、変化していくのかもしれないが、紬の原点を失えば、もはや紬ではなくなってしまう。近代化の波に乗らず、伝統的な古法が生きているということだけでも、結城紬は貴重な存在であろう。