絣の警鐘とリアリズム・北村陵
絣の産地で結城紬は発展を遂げてきて、産地はいま定年退職世代と若手という、中堅の括り手がいないという奇妙な産地形態となった。そもそも家内制手工業で危険は少ないが、絣技術は全国で他の産地ではありえない絣の精緻さがあることに特徴があることは誰しもが知っていながら、その技術料を技術料として問屋が括り手に賃金を支払うことがなかったためにそうした奇妙な構造が出来上がってしまった。絣の技術は高度でそれは他産地と比べて一目瞭然であり、それでいて中堅がいないという有様には痛々しい現実がある。技術を高めてその先にみえたのが、無地や縞を織って問屋におさめるシステムで、問屋の買取金額が、糸代、下ごしらえ代、絣代、織代と大きくわけてその全体として買取金額となるが、絣代はいくら手間をかけても採算が合わないシステムを産地全体が形成してしまい、絣代のない無地や縞の糸代、下ごしらえ代、織代の買取金額でおさめたほうが採算がいいという土台を何十年もかけて構築してしまったことが大きな原因がある。絣括り、それはこの先にどれくらい市場に出るだろうか。その部門の伝統工芸士となった私は産地を冷静にみている。こんな現実がひそんでいるために中堅が欠落した奇妙な産地形態となったのである。だが、これは誰にも責任がない。賃金があわなければ人はいなくなるのは当然の話である。パソコンの前でひまつぶしをしているような公務員にいい報酬と人材が集まるようではその国の成長はとまり停滞がはじまる。