素朴で魅力的な山の織物・山村精
科(しな)の木の樹皮繊維で織り上げた科布、同じように藤蔓の皮の繊維で織る藤布、楮の樹皮を原料とする楮布、大麻を原料とする麻布。これらを私は「山の織物」とか、「古代太布」と呼んでいます。つまり、それほど歴史の古い織物で、いわば古代織物、日本の伝統織物ともいえましょう。私がそうした古代織物に興味を持ったのは、十数年前のことです。むろん、それ以前に、そういう織物があるということは知っていました。すでに滅びてしまったのではないか、と思われていただけに、山里でひっそりと織り続けられていることを知ったときは、本当に驚いたものです。それでも当時は、あとになって自分がその世界に手を染めるようになるとは思ってもいませんでした。私はもともと機業家であり、いわば商人です。しかし、古代織物の世界に足を踏み入れるや、ソロバンずくで日常を過ごしていた私が、ソロバンを捨てて夢中になってしまったのです。それほど魅力のある世界だといえましょう。山形県の日本海寄り、新潟県との県境近くに摩耶山という標高1200mの山があります。この山は朝日国立公園の展望台ともいわれますが、この麓(ふもと)の山里で古代織物が織り続けられているのです。山形県西田川郡温海町関川。そこへ初めて訪れたとき、私は興奮を抑えることができませんでした。木綿よりも麻よりも、はるかに古い科布。土着の素朴な布に、人の掌のぬくもりや、やさしさが感じられて、すっかり魅せられてしまったのです。続いて新潟県の北端にある山里・新潟県岩船郡山北町山熊田を訪ねました。ここも、やはり摩耶山の麓になりますが、交通の便が悪く、四級僻地といわれる所です。雪に閉ざされると、交通はまったく途絶え、どこが道かわからないところを歩いていくしかないのです。私が初めて訪れたとき、何か別世界へまぎれ込んだかのような感を受けたのを、今でもはっきり覚えています。本当に自然と一体になり、自然との調和を保ちながら生活する中で、人間の手と知恵だけで伝承されてきた織物の世界は、幽玄にさえみえたものでした。