夏に行なう科の皮剥ぎ・山村精

 

正確なことはわかりませんが、科布は一千年以上も前から織られていたもので、日本最古の織物、織物の源流といえます。明治初期までは各地で、自家用として織られていたのですが、近代化が進むにつれて、次第に姿を消したのです。関川や山熊田に残っていたのは、私にとっては幸いでした。もし残っているのなら、ぜひ保存し、後世に伝えたいと考えていたからです。科の木は、地方によって「マダ」「マンダ」「モアダ」などと呼ばれ、山間部に自生する落葉喬木です。大きい木だと、高さは10m周囲は2mにもなりますが、よい科布を織るにはあまり太くない木で、傷のないのが適しているといいます。梅雨が明け、陽射しが高くなると、皮剥ぎが始まります。これには地方によって、木を切り倒してから行う方法と、切り倒さずに木の下に切り込み口を入れ、そこへ両手を入れて上の方に向かって剝ぐ方法とがあります。さらに表の堅い鬼皮と内側の柔らかい甘皮とを剝ぎ分け、甘皮だけを山からもってくるのです。だいたい甘皮五貫目(約19キロ)で4反の布が織れます。一見、単純な作業のようですが、いい木を見つけるために山を歩いたり、皮を剝ぐのに力もいるし、たいへん骨の折れる仕事です。剝ぎ取った甘皮は、束にして軒先などに陰干ししたあと、7月下旬から8月にかけて、川水に漬けてふやけさせたり、それを煮てから、ふたたび水で洗ったりするわけです。煮るときは大きな鍋やドラムカンを用い、その中に甘皮をわのように巻いて入れ、木灰汁を加えて煮ます。甘皮から樹脂分を抜き取り、柔らかくするためですが、若科の場合は1日ぐらい、場合によっては2〜3日も煮ることになります。これも交替で火の番をしなければならず大変です。次に煮上がった甘皮を鍋やドラムカンから取り出し、熱いうちに木で叩き、手でもんで柔らかくします。こうしておいてから、手でさらに薄く1枚1枚剝ぐのです。この薄い皮を川へ運び、石とか竹の箸ではさんでこく。こくというのはぬるぬるしたものなどを取り除くことで、「科こぎ」といっています。この仕事にもコツがありますが、この作業によって皮は網状の繊維だけになるのです。桶の中に米糠(こめぬか)と水を混ぜ入れ、こいた薄皮を漬け、二晩くらい放置しておきます。この作業を「 色出し」と呼んでいますが、一種の精錬とも、自然の作用による染色ともいえましょう。科布というのは、染料による染色は行なわず、本来もっている科の色のまま織り上げる素直な布です。この「色出し」によって、黒ずんだ褐色が淡い褐色に変わっていきます。さらに川の清流で、科皮に付着している糠を洗い落とし、秋おそくまで陰干しにしておくのです。