根気のいる科裂きと科績み・山村精
農作業が終わり、冬将軍がやってくると、男たちは出稼ぎのために山里を去り、残された女たちの厳しい仕事が始まります。その最初の仕事は「科裂き(しなさき)」です。これは木の繊維から糸を作るために、ぬるま湯で科皮をぬらして絞り、指先で皮を細く裂く作業です。柔らかくなっているとはいっても、木の皮の繊維だけに、指先は痛められます。山の女たちは誰でも、子供の頃、その辛さに泣き泣き科皮を裂いた、という体験をしているのです。細く裂いた科の繊維は、長さが限られています。したがって布を織るためには長く繋がなければなりません。細く裂いたあと、長く繋いで一本の糸にしていくのですが、これを「科績み(しなうみ)」といいます。これは結び合わせるのではなく、上布などと同様のからめ、結び目を作らないようにします。糸の繋ぎ目に小さな輪を作り、別の科皮をその輪に入れ、撚り込む。これを繰り返して長い糸にしていくのです。指先の繊維な作業で糸が作られていくわけですが、布地の善し悪しは糸で決まるので、この「科績み」が最も神経を使い、根気のいる仕事といえましょう。績み終わった糸は、撚りかけの準備にはいります。直径20cmほど、高さ25cmほどの卵形に巻き上げるのですが、これを「ヘソ玉」といいます。なぜ「ヘソ玉」というかといえばヘソつまり中心に巻取口の糸端があるからです。5月が明けると次に撚糸作業が始まります。経糸は強く、緯糸は少し弱目に撚りをかけますが、微妙な性質をもつ樹皮の繊維だけに、八丁撚糸機などで撚るわけにはいきません。科糸は乾燥するとささくれるので、水でぬらしながら、糸車を手で回し、調子をみながら撚っていきます。撚糸が終わると、整経をするわけですが、これもまったく簡単な経のべの道具を用い、手作業で行なうのです。すべての準備を終え、いよいよ織りにはいります。樹皮の糸ですから動力織機は使えませんし、昔通りの居座機(地機)で、丹念に緯糸を通して織り上げていくのです。先にも述べたように科糸は湿度に敏感で、乾燥をきらいます。したがって、2月中旬から3月末までの積雪のある間中、織り続けるのです。もっともその間は、雪に埋もれていて戸外での仕事もなく、機織りに専念するしかない、ともいえるでしょう。そして4月、雪が溶け始めると、女たちは山野に出て、山菜摘みに1日を過ごすようになります。わらび、ぜんまい、ふき……山里に山菜はこと欠きません。これらは彼女たちの大きな財源なのです。ぜんまい紬は、この山里の幸・ぜんまいの綿から織り上げます。