北国の民芸織物   民芸の心と山里の生活   山村精
これらの伝統織物は、文字通り民芸織物といえるものです。民芸の心もなく、機械的に作り出した紛い物の多い民芸品の中で、これこそ本物だと断言できます。しかし、復元というのは過去と現在だけで終わりますが、これを未来存続させていかなければ意味がありません。難しさは、その点にあるのです。たとえば科布ですが、堅くてゴワゴワしています。この特性を殺して、あまり現代風にしてしまうと、伝統ある織物の味を失ってしまうでしょう。逆に、古代的にのみとらわれていては、現代に生きることができません。古代と現代とに片足ずつを突っ込んで、さらに未来を志向していくところに、伝統織物が存続していく道があるように思います。科布は一見、堅くてシワになるようですが、一晩くるくると巻いておくと翌朝にはきれいに伸びています。木の皮ですから生きているのです。また、山の織物は失敗が許されません。失敗すると、来年まで木の皮は採れず、織ることができないからです。したがって絶対に安全確実な方法をとり、今までやってきたこと以外はしようとしないのです。「先祖から1000年も数千年も伝えられてきたことをやれば間違いない」と頑固なまでに思っています。「このような化学処理をすれば楽だし、もっとスムーズにいく」といっても、「いや、昔からこの方法でやってきたんだから、灰でやらないと失敗する」というのです。しかし、この頑固さがあったからこそ、古代織物を伝承することができたのでしょう。昔、嫁が失敗したり、出来が悪い機を織ると、よく姑に「お前は働きが悪い」と叱られたといいます。この地方では「づくなし」というんです。そのかわり山の人たちは平等だし、何事も助け合って生活しているのです。たとえば山へ荷物を持って帰るにも、お年寄りと若い人と、みな同じ重さ、量の荷を担いでいくし、織物を担いで山を降りるときも一緒です。年齢に関係なく平等で、またお年寄りも何の抵抗もなく、それを受け入れています。そのせいか、山の人たちはみんな健康で長生きだし、本当にたくましい。平家の落武者が先祖だという言い伝えもありますが、何度となく火災にあっていて、古文書もありません。関川は人口250人、山熊田は約150人の小さな山里です。しかし、理想的な共同体のように思えます。雪に埋もれてしまうと、男たちは出稼ぎに山を降り山里は女と子供と老人たちだけになります。そこで女たちは子供たちを学校に出したあと科布を績み、ぜんまい綿を紡いで機を織るのです。本当にたくましいと、思わずにはいられません。都会でいうウーマンリブなどとはまったく縁がなく、日本のいい意味でのよさが、訪れる人をきっと驚かせます。