上田と飯田の民芸紬・中江克己・(2017.1.12.編集)引用
結城紬、ざざんざ織のそのほかで民芸紬といえば、長野県の上田紬、飯田紬、山繭紬などが素朴な味わいがあって好ましいものだ。上田紬は300年ほどの歴史を持っているが、すでに18世紀には全国に名を知られるほどだった。最盛期は文化文政から天保にかけて頃(1804〜1844)である。年間7万反を生産し、「上田縞」とも呼ばれて、江戸はもちろん、遠く京や大阪でも人気を得ていた。それというのも「上田産物改会所」を設け、糸質をはじめ、染色や織り味、尺幅などの検査をきびしくして、上田紬の品質高める努力を続けたからである。当時の柄は大きな基盤縞、いまでいう格子縞が主体だが、現在はこまかい格子縞になっている。紬が不断着(普段着)というよりは、趣味的な外出着になっているからだろう。糸紡ぎ織りも機械で行うものが多いのだが、小岩井勉さんのように伝統的な手織りで、しかも植物染料で染めている人もいて、こうして作られた上田紬は何ともいえない落ち着いた風合いで、暖かい味わいがある。飯田紬も素朴な味という点では同じである。もともと、この飯田付近も養蚕地帯で、古くから自家用の紬が織られていたらしいが、初めてこの地方から商品として市場に出たのは、文化13年(1813)に考案された「富田絹」であった。これは玉繭から手で糸を紡ぎ、丹念に織った薄絹で京で紅梅に染められ人気を集めていたという。そのほか、明治、大正期には野良着用の木綿紬を織っていて、盛況だったらしい。飯田紬はそうした背景のもとに生まれたのだが、飯田紬という名が付いたのは大正9年というから、それほど古くない。飯田紬を創案した織元が「若松屋」で、現在、林宏次さん夫妻がむかしの面影を残す素朴な縞紬を織り続けている。だいたい縞柄というのは古くて新しい柄というか、江戸時代のものを見せられてもそれほど古さを感じさせない。現在のものにしても、色使いなどに現代人の好みが反映されていると思えるぐらいで、江戸時代の人間が着てもおかしくないものもある。林さんの織っている飯田紬は、やはり民芸紬といってよいだろう。付近の山野から採集した植物、たとえば梅、椿、樫、栗、柿、胡桃、漆、松葉からさらには茶、なす、よもぎ、玉ネギ、トウモロコシ、サツマ芋など、茎や葉、実、皮から染料をつくり、微妙に変化する多様な色を染め出している。こうして糸染めし、手織で打ち込みを強くしながら、シャキッと織り上げる。いかにも民芸紬という感じで、地風も独特の味わいがある。