<結城紬 伝統工芸士としての初の快挙 >

平成12年度

第25回 全国伝統的工芸品コンクール

全国商工会連合会会長賞 受賞

北村初雄

<優秀伝統技術、色>

作品名<十字縞>

   

全国レベルでの作品展では結城紬は入賞したことがなかった。

デザインもできる結城紬伝統工芸士が当時いなかった。

百亀甲や160亀甲といった細工物の総柄を立て続けに

出品するも全国レベルでの作品展では入賞どまりだったと話す。

<ここは結城や小山ではない。いかにもこった柄は評価されない。>

後に、視点を変え、シンプルでわかりやすい作品を出品し、

平成12年度に北村初雄が結城紬の伝統工芸士として初入賞。

<図案は問屋から依頼される。でも図案も自分でかけばいい話しであって

意匠権もじぶんのものになる。>

その後、北村織物では地元の作品展では一度も出品していない。

<地元の作品展は遅れている。今年の図案かどうかすらわからないものがおおい。>

<全国レベルの作品展では、地元の人は評価されないというかわった見方が多い。>

<自信があれば、全国レベルの作品展で勝負すべきではないか。>

<シンプルで飽きのこない柄、これがいい。あまりにも細工という枠で考えても絣括りは評価されない。>

<絣括りは柄の一部。結城紬は織りでほとんどが決まってしまう。織物である以上、仕方が無い。>

<受賞後、茨城繊維工業指導所から、茨城繊維工業指導所が指導したことにしてくれないか、と依頼があった。>

と話している。

<結城紬の織物協同組合や伝統工芸士会から何の挨拶も言葉もなかった。>

と話している。

このあたりの真相をいまさらつきとめても、なんにもならない。

北村 陵